スコットランドといえばウイスキー。いまやそう語られるこの地も、かつては“密造”が当たり前という時代があったのをご存知でしょうか。
その中で、アレクサンダー・リードが選んだその道は、やがて“信頼されるウイスキー”の原点となっていきます。
その始まりを少し遡って、当時の状況を見てみましょう。
「効率」よりも「誠実さ」を選んだリードのウイスキーづくりには、今につながる価値観が詰まっています。
スコットランド政府の「公認」
1824年、アレクサンダー・リードはスコットランド政府から正式な蒸留免許を取得しました。
当時は制度が未整備で、多くのウイスキーが“密造”としてつくられていた時代。
その中での“公認”という選択は、信頼の証であり、大きな覚悟でもありました。
スペイサイド地方では、山間部の物陰での密造が日常的。徴税官(ガウジャー)との追いかけっこも珍しくなかったそうです。
中には「税金を払うくらいなら酒をやめる」と言い放った密造者もいたとも伝えられています。
そんな中で、リードは“誠実なウイスキーづくりの道”を選び、信頼を築いていきました。
その背景には、教育者として人と向き合ってきた姿勢や、土地への愛着があったのかもしれません。
彼がウイスキー造りを始めた場所も、象徴的です。
それはスペイ川を望むイースター・エルギーハウスのすぐ近く。農場の一角で、まさに“自宅の納屋”のような小さなスケールからのスタートでした。
丁寧に育てた大麦と清らかな水。そこにリードの人柄が溶け込んだウイスキーは、地元の人々にすぐに愛されるようになります。
こうして、マッカランはスコットランドでも初期の“公認蒸留所”のひとつとして、その名を刻み始めたのです。
農場から蒸留所へ
アレクサンダー・リードは、自身が所有する農場を活用し、マッカラン蒸留所の礎を築きました。
この土地では、大麦の栽培から水の確保まで、自らの手で行うことができたため、原料と環境に対する高いコントロールが可能でした。
ウイスキーづくりは、当初から大規模な設備を用いたものではなく、小屋のような施設で始まったとされています。
しかし、リードにとってはそれで十分でした。
農業と同様に、自然の恵みを最大限に活かし、地に足のついたものづくりをすることに重きをおいていたからです。
ウイスキーの蒸留は、単なる新しい挑戦ではなく、彼にとっては農業の延長とも言える営みでした。
自ら育てた大麦を使い、土地の水で仕込み、試行錯誤を重ねながら品質の向上を目指していったのです。
量より質の挑戦
リードが蒸留免許を取得した1824年当時、多くの蒸留所では「いかに効率よく大量に生産するか」が重要視されていました。
コストを抑え、早く出荷することを優先する風潮の中で、品質よりも収益性が重視される傾向が強まっていたのです。
そのような状況下で、リードはあえて真逆の道を選んだのです。
原料の選定や発酵の時間、蒸留の工程まで、細部にこだわり抜く姿勢を貫き、時間がかかり少量しかとれなくても質の高いウイスキーをつくることを大切にしていました。
手間や時間はかかりましたが、そこにこそ価値があると彼は考えていました。
その結果、彼のウイスキーは、地域の人々の間で「香りがよく、深い味わいがある」と評判になり、次第に信頼とともに広がっていきました。
その品質へのこだわりが、マッカランのブランドとしての評価を確かなものにしていきます。
ウイスキーは哲学である
アレクサンダー・リードにとって、ウイスキーづくりは単なる事業ではありませんでした。
それは、自身の信念や人生観を表現する手段でもあったと考えられます。
もともと教師としての一面も持っていたリードは、人を育てるうえで「時間」と「過程」の重要性をよく理解していたのでしょう。
すぐに結果を求めるのではなく、丁寧に積み重ねた先に本質が見えてくるという考え方は、農業にも通じるものがあったはずです。
ウイスキーづくりもまた、原料を整え、発酵させ、蒸留し、熟成させるという長い工程を経て初めて完成するもの。
リードにとって、それは自分の哲学を体現するような行為だったのかもしれません。
「自然を活かし、必要なものだけを選び取り、時間を味方につける」
その姿勢が、マッカランのウイスキーに深みと信頼をもたらし、今日まで続く価値を築いたのです。
心に残るあの景色と、背中を押す言葉
私にも、リードの姿勢に重なる経験がありました。
かつて教員だった頃、大きな行事の立ち上げを任されたことがあります。
「本当にこの方針で進めて大丈夫かな」
不安ばかりが先立ち、逃げ出したくなる気持ちになることもありました。
それでも踏み出せたのは、一緒に悩んでくれる仲間や、自分のなかの“こうありたい”という理想があったから。
結果ではなく「何を信じて動くか」。その軸が、私の背中を押してくれました。
リードが効率よりも信念を選んだように、私も「誰かに届けたいもの」を大切にしながら動いています。
大谷酒店でも、お客様一人ひとりに向き合い、“納得しておすすめできるお酒”を選ぶ姿勢を大切にしたいと思っています。
どんな想いで仕込まれたお酒なのか。
その背景を知ったうえで、「この一本を届けたい」と思えるかどうか。
今では、そうした視点が自然と自分の中に根づいている気がします。
それもきっと、アレクサンダー・リードという人物に出会ったからなのだと思います。