【第2話】教育と自然から始まった、マッカランの原点

マッカランの創業者、アレクサンダー・リード。
前回は、彼が自然とともに学ぶ教育者として歩んだ18年間の姿を見てきました。
では、彼がなぜ教壇を離れ、大麦を育てる農夫の道を選んだのでしょうか。

教育から農業へ

一見まったく異なる道のように見えるこの転身も、リードにとってはごく自然な選択だったようです。
それは「育てることの本質」への深い探究心です。

彼は、人を育てるように、土と向き合い、自然のリズムを読み取りながら、質の高い作物づくりに取り組んでいきます。

そしてその思いが、やがて“蒸留”という新たな挑戦へとつながっていったのです。

目次

教師から農夫へ、第二の人生の始まり

長年教壇に立っていたアレクサンダー・リードは、自然への深い憧れとともに、教育の現場から新たな一歩を踏み出しました。
その先にあったのが、エルギー(Easter Elchies House)という美しい土地です。

この場所は、1700年代中頃にスコットランドの地主・ジョン船長が別荘として建てた歴史ある町で、周囲には田園風景が広がり、スペイ川では狩猟や鮭釣りも盛んに行われていました。
6万本を超える木々と70種以上の野生生物が生息する、豊かな生態系を持つ地域でもあります。

緑豊かな丘、透き通る川、肥沃な大地など自然とともに生きたいというリードの思いに、これほど応える土地はなかったでしょう。
1820年、彼はこの場所を借り、大麦栽培を始めました。
ここから、マッカランの歴史が静かに動き出します。


土を耕す日々と、「質」へのこだわり

この地でリードは農夫としての生活をスタートさせ、大麦の栽培に心血を注ぎました。
重視したのは「いかに多く採れるか」ではなく、「いかに良いものを育てるか」。
風土と向き合い、毎年の天候と対話しながら、質にこだわった作物づくりに取り組んでいきました。

おそらくそこには、彼が教師だったことも関係していたのでしょう。
ただ教えるだけではなく、一人ひとりに寄り添い、目的を持って育てていく。

 そんな教育者としての姿勢が、農業にも自然と現れていたのかと思います。

とはいえ、当時の時代背景を考えると、このようなこだわりは異端だったかもしれません。
1800年代初頭のイギリスでは、産業化が進み、農業も効率と収穫量を重視する流れに移り変わっていました。
そのなかで「量より質」を貫いたリードの姿勢は、のちにマッカランの“品質第一主義”へとつながっていきます。

蒸留への関心、独学の日々

良質な大麦を育てるなかで、リードの関心は次第に「蒸留」へと向かっていきました。

収穫したものをそのまま終わらせるのではなく、もう一歩踏み込んで、自然の恵みを別のかたちで伝えられないか。

それは、農夫としての探究心であり、哲学者としての関心でもあったのかもしれません。

当時のスコットランドでは、蒸留免許制度がまだ整っておらず、多くの蒸留が“密造”として行われていました。

リードも例外ではなく、最初は正式な免許を持たず、自宅の一角で小さな実験を繰り返していたようです。

本を読み、銅製のポットスチルの仕組みを学び、近隣の蒸留家たちの手法を観察しながら、自分なりのやり方を模索していきました。

焦げ臭いアルコール、濁った液体、熱がうまく伝わらない装置など失敗の連続だったことでしょう。

それでも彼はあきらめず、自然と素材、火と水の関係に真摯に向き合い続けました。

自然で育った大麦と向き合えば、必ず良い変化が起きる。
そう信じながら、リードは蒸留という営みに没頭していきました。

エルギーの自然とともに磨かれた蒸留哲学

リードが蒸留を始めたエルギーの地は、肥沃な土壌と清らかな湧水に恵まれていました。
湧き水はやわらかく、わずかにミネラルを含んでいて、大麦との相性も良好。
この土地の特性を活かすことでしか生まれない味があると、リードは感じていたのでしょう。

自然を見つめ、土を耕し、恵みを受け取り、そこに少しの変化を加える。
この一連の営みの中で、彼が築いていったのは「自然と対話しながら育てる」という考え方でした。

リードにとって蒸留とは、自然を封じ込める行為ではなく、自然の持つ可能性を最大限に引き出し、かたちを変えて未来へ受け渡す方法だったのかもしれません。
この哲学が、やがて“マッカラン”という名のウイスキーに宿っていくのです。

リードの教えに学ぶ「命」の大切さ

育児や仕事に追われる日々のなかで、自然と向き合う時間は少なくなりがちです。
けれどもリードのように、「丁寧に育てる」という視点に立ち返ると、日常のひとつひとつにも深みが増していく気がします。

日々の食事でも、当たり前のように食べているものの背景には、生産者の努力や自然の営みがあります。
農家や酪農家の方が手間をかけて育てたもの、厳しい環境でたくましく育った命、安全に届けてくれる流通の人たちの働きなど、そうした“たくさんの手”を想像すると、当たり前の食事にも、感謝の気持ちでいっぱいになります。

そんなことを考えると、リードが自然と対話しながら築き上げた哲学に、少しだけ近づけるような気がします。

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