東京ディズニーシーを舞台にした「ワインで巡る世界の旅」。
このプログラムは、1回のセミナーで3杯のワインを味わいながら、まるで世界を旅するかのようにそれぞれの土地や文化を感じる、そんなユニークな企画です。
これまでに味わったのは──
1杯目:アメリカ・ナパ・バレーのシャルドネ
2杯目:スペイン・ラ・マンチャのオレンジワイン
そして迎えた3杯目は、南半球・アフリカ大陸からの赤ワイン。
世界を巡る“味覚の航海”は、いよいよアフリカへと足を踏み入れます。
この旅路に思いを馳せるとき、ふと脳裏に浮かぶのが、メディテレーニアンハーバーに面した丘にそびえる「ファンタスティック・フライト・ミュージアム」──
そこから飛び立つアトラクション「ソアリン:ファンタスティック・フライト」です。

ソアリンでは、アルプスの山並みからサバンナの草原、南極の氷河まで、私たちは世界中の絶景を空からめぐることができます。
その中でも、ひときわ記憶に残っているのが、アフリカのサバンナの風景。
草原をゆっくりと進む象の群れ、夕陽に照らされる大地──
「もし、あの場所に降り立つことができたら?」
そんな思いが、いつの間にか今回のワインと重なっていきました。
このセミナーで提供された3杯目の赤ワインは、まさにそのサバンナの広がる南アフリカから。
アトラクションの“空からの旅”が、ワインを通して“味覚の旅”として続いていく──
そんなディズニーらしいストーリーテリングが、ひとつのグラスに詰まっていたように思います。
風と冷気と海が育む──Walker Bayのピノ・ノワール
プログラムで3杯目として提供されたのは、南アフリカ・ウォーカーベイの冷涼な海沿いで造られた赤ワイン。
造り手は、Newton Johnson Vineyards(ニュートン・ジョンソン・ヴィンヤーズ)。
味わったのは、**Walker Bay Pinot Noir 2022(ウォーカーベイ・ピノ・ノワール)**です。

ニュートン・ジョンソン家は、1990年代にこの地に移り住み、家族全員でブドウ栽培から醸造までを手がけてきた家族経営のワイナリー。
彼らが拠点を置くウォーカーベイ地区──特に**ヘメル・アン・アード渓谷(Hemel-en-Aarde Valley)**は、「天国の谷」とも称される南アフリカ屈指の冷涼産地です。
この地を特徴づけるのは、南極から吹き込むベンゲラ海流の影響によってもたらされる、昼夜の寒暖差と涼しい気候。
さらに、石灰質を含む土壌と、海に近い立地がワインにミネラル感や洗練された酸をもたらします。
ピノ・ノワールという品種は、気まぐれとも言われるほど繊細で育てるのが難しく、
気温が高すぎても、湿度が高すぎても、たちまち香りや酸のバランスが崩れてしまうデリケートな存在。
だからこそ、このウォーカーベイのような冷涼な地域は、ピノ・ノワールにとって理想的な環境だと言われているのです。
ニュートン・ジョンソン・ヴィンヤーズのアプローチは、極力“自然に寄り添う”こと。
農薬や化学肥料を極力排除し、土壌の健全性を重視した栽培を行い、醸造においても人為的な介入を最小限にとどめることで、テロワールの個性をそのままワインに反映させることを目指しています。
このピノ・ノワールは、そうした“土地の声を聞く”哲学のもとに造られた一本。
温暖なイメージを持たれがちなアフリカ大陸のワインに対して、「冷涼」「繊細」「エレガント」という表現が自然と浮かんできました。
冷涼な海辺で育った赤──香りと味の印象

グラスを回すと、まず感じられたのはラズベリーやクランベリーといった赤系果実の香り。
続いて、ほんのりとスモーキーな樽由来の香り、そしてバラのようなフローラルな印象も加わり、複数の香りがバランスよく広がります。
口に含むと、果実味は落ち着いており、酸はしっかりめ。
タンニンは細かく、舌触りはなめらか。
全体的に冷涼な気候で育ったピノ・ノワールらしい繊細な構成で、後味にはミネラル感やスパイスの風味がじわっと残ります。
このピノ・ノワールには、南アフリカ・ウォーカーベイの自然環境がよく表れています。
海からの風、昼夜の寒暖差、石灰質の土壌──そういった土地の特徴が、香りや味わいに反映されています。
プログラム中では、南アフリカのワイン造りの歴史が17世紀に始まったという説明もありました。
「新世界ワイン」のひとつとされながらも、ヨーロッパの技術をルーツに持ち、長い年月をかけて地域独自のスタイルを築いてきた背景は、飲む人にとっても印象深いポイントです。
「土地と共に生きる」想いと重なるもの

ニュートン・ジョンソン・ヴィンヤーズは、南アフリカ・ウォーカーベイにある家族経営のワイナリーです。
父親のデイヴ・ジョンソン氏と、息子たちが力を合わせて運営しており、それぞれが栽培や醸造を分担しながら、土地に合ったワイン造りを行っています。
彼らの挑戦が南アフリカ内外で注目されているのは、この土地の可能性と向き合い続けてきた姿勢ゆえであり、今回のピノ・ノワールにもそれがよく表れていました。
この「家族で土地と向き合う」という姿勢に、私たちも共感しました。
地域に根ざし、その土地の文化や味を届けるという姿勢は、大谷酒店にも通じる部分があると感じたからです。
同じ“海辺”でありながら、片や南半球のウォーカーベイ、片や東京ディズニーシー。
全く異なる場所でありながら、「土地を活かす」「文化を届ける」という思いには、共通するものがあると実感しました。
味わうことで広がる、ワインという“世界の旅”
こうして、ワインプログラムの3杯目までを巡ってきました。
- アメリカ・ナパ:力強くも華やかなシャルドネ
- スペイン・ラ・マンチャ:伝統と遊び心が共存するオレンジワイン
- そして今回、南アフリカ・ウォーカーベイ:冷涼な大地が育てた繊細なピノ・ノワール
それぞれまったく異なる風土と造り手によるワインでしたが、共通していたのは、“土地の個性”と“人の想い”がしっかりと詰まっていたということ。
どのワインにも、その国の空気、文化、歴史、そして造り手の哲学が感じられました。
このプログラムを通してあらためて実感したのは、ワインは単なる飲み物ではなく、世界を知るための入口にもなり得るということです。
グラスの中には、見たことのない景色や、まだ会ったことのない人々の営みが、確かに存在しています。
そして、その世界に一歩足を踏み入れるたびに、「自分の味覚」が更新されていく感覚があるのです。
ディズニーシーという“架空の港”を舞台に、実在する土地のワインを旅していくという企画。
その重なりの妙にこそ、ワインとディズニー、それぞれの「物語力」の共通点があるのかもしれません。
次回、私たちが向かう寄港地は、まだ明かされていません。
けれど、どんな国で、どんなブドウが、どんな風に語りかけてくれるのか──
…そう思うと、すでに心は次の“旅の一杯”へと向かっています。
酒屋としても、こうして体験を重ねることで、“語れるワイン”が増えていくことをうれしく思います。
どうぞ、次回もお楽しみに。