東京ディズニーシー「ワインで巡る世界の旅」。
このプログラムでは、世界各地の味わいや文化を体験することができます。
これまでに味わってきたのは──
1杯目:カリフォルニア・ナパのシャルドネ
2杯目:スペイン・ラ・マンチャのオレンジワイン
3杯目:南アフリカ・ウォーカーベイのピノ・ノワール
それぞれの土地の風土と造り手の個性が詰まったワインたちは、まさに「味覚で世界を旅する」というテーマにふさわしい内容でした。
そして今回の4杯目。グラスに注がれた赤ワインのラベルに、「Nagano Merlot(長野メルロー)」の文字を見つけた瞬間、びっくり!

──ここで、日本に帰ってきたか。
場所はアメリカンウォーターフロントに停泊するS.S.コロンビア号のダイニングルーム。とはいえ今回のテイスティングはその場で行われたわけではなく、あくまで“このワインが、今まさにその場で提供されている”という現実が重なったものでした。
港に船が戻ってくるような安心感と、どこか誇らしさを覚えながら、私はそっとグラスに手を伸ばしました。
長野の冷涼な大地が育む、エレガントな赤

この赤ワインを手がけるのは、日本を代表するワイナリー「シャトー・メルシャン」。
その歴史は1877年、日本初の民間ワイン醸造会社「大日本山梨葡萄酒会社」の創設にさかのぼります。
フランス帰りの青年・土屋龍憲によって始まった日本の本格的ワイン造りは、戦後を経てメルシャンの名のもとに継承され、現在では国内外から高い評価を得るまでに至りました。
今回の「長野メルロー 2022」は、塩尻市・桔梗ヶ原、上田市の椀子ヴィンヤード、そして北信地域という長野を代表する3エリアのメルローをブレンドした赤ワイン。
- 塩尻(桔梗ヶ原):果実味の凝縮感とボディの厚み
- 上田(椀子):冷涼感と酸の美しさ、ミネラル感
- 北信:繊細な香りと輪郭のある味わい
この3つの個性を絶妙なバランスで仕上げる“アサンブラージュ(ブレンド)技術”こそ、シャトー・メルシャンの真骨頂ともいえる手腕です。
香りはカシスやブラックベリー、プラムのような黒系果実に加え、トーストやシナモン、ほのかなユーカリのような清涼感あるハーブ香が重なり、複雑で立体的なアロマ構成が印象的です。
味わいは、果実のふくよかさとしっかりとした酸、緻密なタンニンが一体となり、しっとりとした輪郭のある赤ワインに仕上がっています。
派手さや濃厚さで押すのではなく、“整っている”ことで魅了する、まさに長野らしい冷涼産地のエレガンスを感じました。
日本ワインの歴史を感じながら──酒屋として、個人として
このワインを飲みながら感じたのは、ただただ純粋に──
「日本のワインって、こんなに深くて美味しいんだ」という驚きと喜びでした。
私自身、これまでいくつかの日本ワインを飲ませていただきました。
- 「SOLARIS Chikumagawa Chardonnay 樽仕込 2020」
長野・千曲川ワインバレー産のシャルドネ。
樽熟成由来のバニラ香やナッツのようなニュアンス、ふくよかなボディ。日本でこれだけの完成度を持つ白があるのかと驚かされた1本。 - 「勝沼醸造 翔の紅の時間(マスカット・ベーリーA)」
やさしく柔らかい赤。デザート寄りの味わいながら、どこか懐かしさと品の良さがあり、“日本人のための赤”を感じさせる。


- 「SUNTORY FROM FARM Koshu White of Japan 2021」
甲州の白らしく、繊細な酸と透明感のある柑橘香。塩味を帯びたミネラル感が印象的。
静かで強い、“日本らしさ”が香るワインでした。
こうした経験を積んでいるからこそ、今回の「長野メルロー2022」は、私の中で際立って感じられたのかもしれません。
香りの複雑さ、味わいの立体感──
どれも「すごい」と思わせる要素は多いのに、決して押しつけがましくなく、むしろ静かに語りかけてくるような奥ゆかしさがありました。
果実味の豊かさがありながら、輪郭はシャープで、酸とタンニンの設計が細やか。
ワインをひと口ずつ飲むたびに、その静けさの中に“凛とした自信”のようなものが感じられる。
「世界に出しても恥ずかしくない」という言葉では足りない、あるいは少し違う。
もっと素直に、「こんなにも美味しい日本の赤ワインがある」という驚きと喜び。
それを、あらためて体験できた気がしています。
酒屋として、こういうワインがあることをお客さまに伝えられること。
それを自分の言葉で届けられることに、小さな誇らしさすら感じました。
ワインがつなぐ「土地」と「物語」
このプログラムの魅力は、ただワインを“飲む”ことではなく、
その一杯一杯が語ってくれる「土地」や「人」のストーリーに耳を傾けられることにあります。
今回、日本ワインが“夢の国”で提供されたという事実は、どこか象徴的にすら感じました。
ディズニーシーはフィクションの世界。
でも、そこに並ぶワインは、確かにこの日本の土地で育まれた“リアル”な1本。
その対比が、このグラスに込められた意味をより強く、印象深くしていたように思います。
長野の冷涼な空気と、メルローというブドウの持つ繊細なバランス感覚。
そこに造り手の丁寧な手仕事と、長年積み重ねられてきた日本ワインの歴史が合わさって、
“たしかに今、日本のワインはここまできた”ということを、飲む人の心にまっすぐ伝えてくれる──
そんなグラスでした。
そしてこれは、私自身が酒屋という立場にいるからこそ、
あらためて心に響いた部分でもあります。
ワインという商品は、ただの嗜好品ではなく、土地を知り、人を知る入り口になる。
それをこのプログラムを通して、実感し続けています。
ワインという飲み物は、土地・人・文化の記録媒体のようなもの。
その1杯に込められた背景を、こうして言葉にすることで、酒屋として伝えられることがあると信じています。
そして「長野メルロー 2022」は、それにふさわしい力を持った赤ワインでした。

ただの美味しさではなく、記憶に残る意味を持つワインだったことは間違いありません。
次回、最後の一杯はどんな物語を連れてくるのか──
その日を楽しみに、またこの旅を続けていきたいと思います。