東京ディズニーシーの「アメリカンウォーターフロント」。
そこは1912年のニューヨークを舞台にした港町で、移民たちの夢や活気、そして混沌が同居していた時代の息吹を今に伝えています。
蒸気船やトロリーが走り、古びた倉庫群が立ち並ぶこのエリアには、
時代考証に基づいたさまざまなオブジェや建物が配置されています。
その中でも、ひときわ印象的なのが、
「マクダックス・デパートメントストア」前の広場に建てられた銅像。
近づいて見ると、その人物は、あのクリストファー・コロンブス。
“アメリカ大陸を発見した”ことで知られる、イタリア出身の探検家です。
この銅像が立っている円形の広場は、「コロンバスサークル」と呼ばれています。
実際のニューヨーク・マンハッタンにも同じ名の交差点があり、そこには本物のコロンブス像が設置されています。
その地名と人物を丸ごと引用することで、
アメリカンウォーターフロントの空間設計には、現実の歴史とのつながりが巧みに埋め込まれているのです。
銅像のコロンブスは、ハーバーに向かってではなく、
ヨーロッパの街並みを模した「メディテレーニアンハーバー」の方向を見つめています。
まるで、新大陸から母国を見つめ直すような、
あるいは過去と未来をつなぐ航路を回想しているかのような眼差しです。
そんな場所からほど近い「S.S.コロンビア号」のラウンジで、
今回のワインプログラムは開かれました。
そして2杯目として提供されたのが、スペイン産の“オレンジワイン”。
アメリカとヨーロッパをつなぐコロンブスの視線の延長に、
今回のワインセミナーで供されたスペインワインの存在が、自然と重なって見えました。
この日、2杯目として登場したのは、スペイン・ラ・マンチャ地方で造られたオレンジワイン。

ワインは赤と白だけではないと、知識としては理解していたものの、
実際に“飲み比べの一杯”として登場したことで、その存在がより身近に感じられました。
「20000 Leguas」──ラベルに込められた航海の物語と造り手の哲学
今回のプログラムで2杯目として提供されたのが、スペイン・ラ・マンチャ地方のオーガニックワイナリー
「Dominio de Punctum(ドミニオ・デ・プンクトゥン)」による1本。
その名も──**「20000 Leguas(ベインテミル・レグアス)」**です。

このユニークな名前は、ジュール・ヴェルヌの冒険小説『海底二万里(20,000 Leagues Under the Sea)』にちなんでいます。
ラベルには、物語の舞台である潜水艦「ノーチラス号」を思わせるイラストが描かれ、
“未知への航海”や“物語を旅するような体験”を象徴するような仕立てになっています。
このワインを造ったドミニオ・デ・プンクトゥンは、自然との共生を大切にする造り手。
ビオディナミ農法を取り入れ、土地とブドウの個性を引き出すことに力を注いでいます。
比較的新しいワイナリーでありながら、現代的な感性を持ち、国際的な評価も高まりつつあります。
「20000 Leguas」に使われているブドウは、モスカテル(マスカット系)とヴェルデホ。
どちらもアロマティックな香りを持ち、スペインらしい華やかさと爽やかさを兼ね備えた品種です。
グラスを傾けると、まず立ちのぼるのはオレンジピールやジャスミン、アプリコットのような華やかな香り。
そこに、シナモンやジンジャーといったスパイスのニュアンス、紅茶のような落ち着きが加わります。
味わいは、ライチや白桃のようなジューシーな果実感がありながら、
後味にはじんわりとした出汁のような旨味が広がります。
軽やかな酸と控えめなタンニンが全体を優しくまとめていて、食中酒としてもぴったりのバランスです。
この一本は、ワイン単体でも十分に楽しめますが、
背景にあるストーリーや造り手の哲学を知ることで、
「味わう」という行為が、より豊かになると感じさせてくれました。
白ブドウなのに“赤ワイン”?──オレンジワインという造り方の不思議

「20000 Leguas」がユニークなのは、その名前やラベルデザインだけではありません。
最大の特徴は、“オレンジワイン”であるという点です。
オレンジワインとは、白ブドウを赤ワインのように仕込んだワインのこと。
通常、白ワインは果汁だけを発酵させて造りますが、オレンジワインでは果皮や種子も一緒に発酵タンクに入れ、「マセラシオン(醸し)」と呼ばれる工程を行います。
これは赤ワインで色素やタンニン(渋み)を引き出すために用いられる伝統的な手法です。
白ブドウの皮や種から抽出された成分によって、果汁は次第に琥珀色に染まり、味わいにも厚みや複雑さが加わっていきます。
「白でも赤でもない」、そんなオレンジワインならではのキャラクターが、ここに生まれます。
この手法のルーツは、ジョージア(旧グルジア)にまで遡ります。
およそ8000年前から、素焼きの壺「クヴェヴリ」を使って果皮・種子ごと醸す伝統があり、2013年にはユネスコの無形文化遺産にも登録されました。
オレンジワインは、単なる“新しいスタイルのワイン”ではなく、むしろ世界最古のワイン造りの一端を担う存在ともいえるのです。
この造り方がもたらす味わいは、非常に個性的。
白ワインのような香りと、赤ワインのような渋みやコクが共存し、そこに旨味のような奥行きも感じられます。
実際に飲んでみると、出汁や紅茶に通じるニュアンスを持ち、和食との相性も良好です。
前回vol.1で登場したのは、ナパ・バレー産のシャルドネでした。
同じ“白ブドウ”を原料としていても、製法が異なることで、ここまで別物のような表情になるのか──
そんな違いを体感できたのは、今回のプログラムの大きな醍醐味のひとつでした。
キュイジーヌ・オン・パレードで出会った初めてのオレンジワイン
今回のオレンジワインを口にしたとき、ふと思い出した体験がありました。
それは、東京ディズニーシー・ホテルミラコスタで過去に開催されていた特別イベント「キュイジーヌ・オン・パレード」です。
全4回開催され、私たちはすべてに参加させていただきましたが、その中でも特に印象的だったのが、第1回目に登場した、イタリア・フリウリ州のオレンジワインです。

そのとき提供されたのは、ピノ・グリージョを用いたやや濁りのある琥珀色の1本。
グラスに注いだ瞬間に広がるドライフルーツやハーブ、ナッツのような香り。
口に含むとしっかりとしたタンニンが感じられ、じわじわと広がっていく複雑な味わいが印象的でした。
時間とともに変化する香りや口当たりに、一杯の中に物語を感じたのを覚えています。
今回セミナーで提供された「20000 Leguas」は、同じオレンジワインというカテゴリでありながら、
その印象はまったく異なっていました。
スペイン・ラ・マンチャの土壌から生まれたこの1本は、よりライトで親しみやすく、
アプリコットやジャスミンといった香りに、スパイスや紅茶のニュアンスが重なった、やさしい味わい。
どちらが上という話ではなく、造り手の哲学や使用するブドウ品種、マセラシオン(醸し)の期間、そしてその土地の個性が、ワインの表情をこれほどまでに変えていく──
その実感こそが、何よりの収穫でした。
酒屋として、こうした実体験は大切な学びです。
知識として覚えるのではなく、自分の舌で感じたことを、自分の言葉で語れること。
それこそが、お客様にワインの魅力を伝える力になると感じています。
ラベルのデザインや品種の違いに加えて、味わいや物語性まで含めて、1杯のワインを“旅するように”味わえるこのプログラム。
今回は、造り手の背景や醸造の技法、そして自分の過去の体験と照らし合わせながら、1本のワインが持つ“世界の広がり”をあらためて感じることができました。
酒屋としてだけでなく、ひとりのワイン好きとしても──
こうした出会いは、日々の仕事にも人生にも、小さな刺激と余韻を与えてくれます。
そして、次なる寄港地は南半球・南アフリカへ。

自然と歴史が交差するその土地で、どんなワインと出会えるのか。
世界を旅するワイン講座、次なる一杯に想いを馳せながら、またこの続きをお届けしたいと思います。
どうぞ、次回もお楽しみに。