「梅酒の樽で、ウイスキーを熟成する。」
この話を初めて耳にしたとき、私たちは正直、驚きを隠せませんでした。
焼酎やブランデーで漬ける梅酒は知っていても、その“使い終えた樽”が次なる酒を育てるなんて、想像もしなかったからです。
けれどそれは、明利酒類が約60年ぶりに立ち上げた
ウイスキー蒸留所「高藏(たかぞう)蒸留所」で、実際に進められている構想でした。
百年梅酒の熟成に使われていた“プラムワイン樽”が、
今度は新しいシングルモルトウイスキーの熟成樽として、再び動き始めているのです。
樽が受け継いだ三層の時間
このプラムワイン樽には、3つの異なる酒の時間が染み込んでいます。
- 最初は「イチローズモルト」のウイスキーを熟成させていた樽。
- その後、百年梅酒の樽熟成に使用され、
- そして今、高藏蒸留所のウイスキーを育て始めている。
ウイスキー → 梅酒 → ウイスキーという、ジャンルと時間をまたぐリレー。
このような樽の使い方は、国内外でも非常に珍しい取り組みです。
しかも、それが一つの蔵の中で完結しているというのがまた面白い。
素材や酵母、そして器までも“自社で受け継いでいく”という挑戦は、明利酒類のスピリットそのものに感じられます。
なぜ、梅酒の樽でウイスキーを?
この「梅酒の樽でウイスキーを熟成する」という手法は、世界的に見ても非常に珍しいものです。
というのも、梅由来の香味成分は非常に強く、かつ個性的。 そのまま移してしまうと、繊細なウイスキーの構造を壊しかねないため、慎重な設計と熟練の技術が必要になるんです。
梅の香りが前に出すぎれば、ウイスキー本来の個性が霞んでしまう。
逆に抑えすぎると、わざわざ梅酒樽で熟成させる意味が見えなくなってしまう。
そのバランスを保つには、原酒の設計から熟成期間、樽の選定、温度管理に至るまで、多くの試行錯誤が求められます。
百年梅酒や他のお酒を多く世に輩出してきた明利酒類だからこそ、できることだなと思いました。
香りを残しすぎず、消しすぎず。酒同士が対話するような絶妙な設計。
それは、味を創るというより「時間の輪郭を描く作業」に近いのかもしれません。
時間とともに育つ構想——高藏蒸留所の舞台裏
私たちは、明利酒類が主催する見学イベントに参加し、
この高藏蒸留所の構想や、そこに込められた想いについて、実際にお話を伺う機会がありました。
「なぜ今、60年ぶりにウイスキーづくりを再開したのか?」
「なぜ“プラムワイン樽”という独自の手法に挑戦するのか?」
その背景には、蔵元の加藤家に脈々と受け継がれる、「時間」と「技術」への敬意があると感じました。
水戸の豊かな水。酵母開発で培った発酵技術。全国の蔵を支えてきた蒸留の知見。
それらを総動員しながら、“日本のテロワールを活かしたフルーティなウイスキー”という未来像を目指す。
実際に見学ツアーの実際に酒造見学をした時、プラムカスクで熟成したウイスキーも飲ませていただきました。
その時に感じたことは、ウイスキーとしてのスモーキーさや熟成されてる深みを感じながらも、心地よい甘みがあることで、誰でも親しみやすいウイスキーになっているという印象でした。
現在、明利酒類では「高藏 REBORN」や「PURE MALT PLUM WINE CASK FINISH」など、複数のウイスキーが開発・発売を予定されています。
梅酒の余韻を含んだ樽で育ったウイスキーは、はたしてどんな個性を帯びて私たちの前に現れるのか。今からとても楽しみにしています。
甘さの中に深さがある
見学イベントでは、この“プラムワイン樽で熟成させたウイスキー”を試飲させていただきました。
驚いたのは、第一印象の口当たりのやさしさです。
一般的なシングルモルトよりも梅酒由来の甘味のおかげか口当たりが丸く感じられました。
でも後からしっかりとしたウイスキーらしい深みと鼻を抜けていく余韻が広がりとても心地の良い1本でした。
「ウイスキーはちょっとハードルが高い」と感じている人にも、
これはぜひ試してもらいたい味です。
この構想、そしてこの味が完成した裏には、明利酒類の長い歴史があります。
1952年にウイスキー造りを始めたものの、
10年後、工場火災によりウイスキー製造を断念。
それから約60年——再びウイスキー造りに挑むにあたり、
彼らが掲げたテーマは「REBORN(再誕)」でした。
- 水戸の水を使い
- 独自のウイスキー酵母を開発し
- 百年梅酒を染み込ませた樽で、熟成する
すべてが「日本ならでは」「明利酒類ならでは」のウイスキーを生むための選択です。
この背景を知ったうえで飲むと、グラスの中の香りも、より深く感じられるのではないでしょうか。