“非効率なやり方が、いちばんおいしい焼酎を生む”
そんな話、信じられますか?
鹿児島の小さな蔵・神川酒造がつくる「蟻」という焼酎は、毎日同じことを繰り返すように見える作業のなかで、目に見えない工夫と、職人たちの判断が積み重ねられています。
第5話では、この「地味だけど本質的」な仕込みの世界をのぞきながら、続けることの力強さについて考えてみたいと思います。
際立った演出ではなく、日々の積み重ねに宿る力
神川酒造では、「少仕込み」と呼ばれる製法を採用しています。
一度に大量には仕込まず、目が届く範囲で焼酎を仕込んでいく方法です。
効率の良さでいえば、大量生産の方が勝るのは間違いありません。
それでも小規模な仕込みを続けるのは、原料の状態に応じた細やかな対応ができるからです。
たとえば、蒸した芋の柔らかさにわずかな差が出るだけでも、香りの立ち方は変わります。
麹づくりでは、温度や湿度を読み取りながら手でほぐし、状態を確認しながら丁寧に仕上げていきます。
発酵の管理や蒸留のタイミングも、数値だけではなく、蔵の空気感や香りの立ち上がりを含めた、職人たちの経験に支えられています。
また、“少仕込み”であることは、単に小さな規模というだけではありません。
原料一つ一つにまで意識を向け、常に「いま、何が最善か」を問いながら進められている仕込みなのです。
そうした姿勢が、どこか澄んだような透明感のある味わいにつながっているのだと思います。
同じようで、同じではない仕込みの毎日
蔵の中で行われる作業は、一見すると毎日同じように見えます。
蒸し、麹を育て、もろみを管理し、蒸留する。
その流れに沿って、毎日淡々と仕込みは進んでいきます。
けれど、実際にはまったく同じ日はありません。
天候が変われば、湿度も温度も変わります。
原料の状態にも微妙な差があり、蔵の空気感さえ、日によって異なるものです。
そうした日々の変化に向き合い、感じ取りながら、仕込み方を微調整する。
神川酒造では、その作業を一つひとつ丁寧に続けています。
蔵人たちは、「これでいいだろう」ではなく、「今日のベストは何か」と問いながら手を動かしているのだと思います。
この丁寧な姿勢こそが、焼酎の味を安定させる力になっているのではないでしょうか。
繰り返すことに意味があるのではなく、繰り返しの中で“変わらない軸”を持つこと。
それがこの蔵の仕込みの本質だと感じます。
時間をかけて築いた信頼
「蟻」という焼酎が少しずつ知られるようになってきたのは、
SNSや広告ではなく、実際に飲んだ人から人へと伝わっていったからだと聞いています。
飲んだ方が「おいしい」と感じて誰かにすすめた。
その連鎖が、時間をかけて少しずつ広がっていったのです。
信頼とは、際立った演出で得られるものではありません。
仕込みの一つひとつを大切にして、きちんとした焼酎を届け続けてきたからこそ、今があります。
たとえば、SNSで話題になる商品がたくさんある中で、
「これは誰かに紹介したい」と思ってもらえる酒は、決して多くはないと思います。
「蟻」は、そうした自然な広がりの中で、少しずつ育ってきたブランドです。
大きな声で主張することはなくても、
「この焼酎なら間違いない」と思ってもらえること。
それが、神川酒造が目指している姿ではないでしょうか。
一歩ずつ続けてきた自分を肯定できるような一杯
「こつこつ」と聞くと、少し退屈に感じる方もいるかもしれません。
私も、若いころはそうでした。
なるべく早く結果を出したい。
もっと効率的に、もっと手っ取り早く。
そう思いながら、がむしゃらに進んでいた時期もありました。
でも今は、ゆっくりでも続けてきたからこそ得られたものがあると実感しています。
続けることは、地味なようでいて、いちばん難しいことかもしれません。
「蟻」の焼酎を飲んだとき、
そんな自分の歩みを「これでいいんだよ」と認めてもらえたような気がしました。
結果ばかりを追いかけなくても、
日々をていねいに積み重ねていくことに意味がある。
この焼酎は、それを静かに思い出させてくれます。