ウイスキーの味わいは、単に原料や製法だけで決まるものではありません。
その背後にある「何を大切にし、どう選ぶか」という積み重ねが、ブランドの在り方を形づくっていきます。
マッカランという名や、赤いチョークの逸話は、その代表的な象徴です。
今回の第4話では、創業者アレクサンダー・リードの「選び抜く姿勢」に焦点をあてながら、 一本のウイスキーを“特別”にしてきた哲学と、そこに込められた意味をひもといていきます。
赤いチョークに込めた意味
マッカラン蒸留所には、創業初期から語り継がれているある逸話があります。
それは、創業者アレクサンダー・リードが「優れたウイスキーが詰まった樽」にだけ、赤いチョークで印をつけていたという話です。
何百という樽の中から、わずかに選ばれた“赤い印の樽”。
その印は、蒸留所の誰もが「特別な1本」として扱い、出荷時にも大切な目印となっていました。
ウイスキーの出来を左右する要素のひとつとして「熟成に使う樽」があります。
リードもまた、その重要性を深く理解していたひとりでした。
原料にこだわり、手間を惜しまずに仕込んだウイスキーも、熟成の環境次第で仕上がりは大きく変わります。
だからこそ、彼は一つひとつの樽と丁寧に向き合い、納得のいくものにだけ“赤”の印を託したのです。
それは品質管理のためだけではなく、リード自身の“誠実さ”と“譲れない美学”を象徴する行為だったのかもしれません。
わずかな違いも見逃さず、妥協しない。
その赤いチョークは、マッカランの原点を静かに語るサインでした。
ちなみにこの“赤”という特別な色は、現代にも引き継がれています。
マッカランが2020年に発表した「The Red Collection」は、この逸話にインスピレーションを受けたライン。
約200年前のこだわりが、今もマッカランのアイデンティティの中に息づいていると思うと、マッカランを飲む時の時間もさらに楽しくなりそうですね。
品質を色で語る哲学
リードは、「良いものは見ただけでわかる」という職人的な直感を大切にしていたと伝えられています。
その信念が形になったのが、“赤いチョーク”というシンプルな道具でした。
選ばれた樽にだけ引かれた赤い印は、ただのチェックマークではありません。
それは“特別な品質”を視覚で表すための記号であり、言葉を使わずに価値を伝える手段でもありました。
このように、色で品質を語るという発想は、当時としてはとても先進的だったと考えられます。
赤という色が持つ意味——情熱、誇り、信頼。
それらを一目で伝えるために、リードはあえて“赤”を選んだのではないでしょうか。
マッカランにとっての赤いチョークは、視覚的なサインであると同時に、ブランドとして「何を大切にしてきたか」を表す、象徴でもあったのです。
マッカランという名前の由来
「マッカラン(Macallan)」という名前にも、静かにブランドの核をなす物語が込められています。
その語源は、スコットランドの古語であるゲール語で聖フィランの丘を意味する「Magh Ellan(マフ・エラン)」です。
この名前がつけられた背景には、マッカラン蒸留所の立地が深く関わっています。
蒸留所が建てられたのは、スペイ川を望むイースター・エルギーの丘。
かつて修道院があり、地域の人々の祈りとともにあったこの地は、静けさと精神性を湛えた特別な場所でした。
丘の上からは、四季折々の風景が見渡せ、朝には川霧が立ちのぼり、夕方には光が静かに差し込む自然と調和した土地です。
アレクサンダー・リードが「マッカラン」という名を選んだのは、単なる地名を表すものではなく、自然と人、そして歴史と精神性が調和したこの場所への敬意が込められていたのではないでしょうか。
自然に寄り添い、時間とともに育まれていくウイスキーの営みと、かつてこの地で大切にされてきた“静けさ”や“誠実さ”の空気感は、どこか共通しているようにも感じられます。
「マッカラン」という響きの中に、土地の記憶と、人々の営みの蓄積が、今も息づいているのです。
ブランドカラーとしての“赤”
現代のマッカランでは、「赤」が象徴的なカラーとして多く使われています。
パッケージや広告、特別ボトルなど、見る人に直感的に「これはマッカランだ」と感じさせる存在感があります。
創業当時、アレクサンダー・リードが優れた樽にだけ赤いチョークで印をつけていたという逸話は、今やマッカランの精神を語る象徴的なエピソードになっています。
それは、品質への徹底したこだわり、そして“妥協のないものづくり”を表す象徴として語り継がれてきました。
こうした背景を踏まえると、現在の「赤」のビジュアルにも、単なるデザイン以上の意味が込められていると考えるのが自然です。
たとえば、「The Macallan Red Collection」では、まさに創業者の哲学が色として表現され、「赤=原点への敬意」としてブランドの中核を担っています。
“赤”は、情熱や信頼、そして誇りの色。
それは時代を超えて、マッカランというブランドの姿勢や精神性を象徴する存在になっているのです。
見る人に「これはマッカランだ」と直感的に感じさせる色。
リードのこだわりが、色という言語で今なお受け継がれていることに、胸が熱くなるのは私だけではないはずです。
小さな選択の積み重ねが大きくなる
教員として過ごしていた頃も、日々の中に「選ぶ」という場面がたくさんありました。
授業の言葉ひとつ、掲示する作品、声をかけるタイミング。
何気ないようでいて、それぞれに「この子にとって本当に大事なものは何か?」を考えながら選び取っていたように思います。
すぐに結果が出ることばかりではありません。
むしろ、何年も経ってようやく実感するようなことの方が多かった気がします。
だからこそ、その瞬間に「これは意味がある」と自分が信じられるかどうか。
その小さな選択の積み重ねが、子どもとの信頼や、その子の自信につながっていく実感がありました。
リードが、数ある樽の中から「これだ」と思うものにだけ赤いチョークを引いていたように、私もまた、日々の教室の中で、目には見えない“赤い印”をつけながら歩んでいたのかもしれません。
そして今、教室を離れた私は、酒屋としてお酒を選び、届ける立場になりました。
扱うものは変わっても、「自分が本当に良いと思えるものを選ぶ」その姿勢は、きっとこれからも変わりません。
お客様が手に取る一本が、その人にとっての“赤い印”になれるように、最高のお酒を選び続けていきます。